|
今回のテーマ:基本法であり「最高法規」としての憲法(同著48頁) 【解読レジュメ】 (1)基本法としての憲法 国の法的なグランドデザインというほどの意味で用いる。成り立ちとしては下記の三つのカテゴリに分類できる。 国会のその都度の多数派の手にゆだねられるべきではない普遍的な事項を定めたものと解すべき観点である。 @主権の所在・統治機構(地方自治含む。)の基本構造部分 A立法が実現目標とすべき価値を規定する部分(生存権など。) B立法その他の国家機関が侵害してはならない部分(自由権など。) (2)最高法規としての憲法 日本国憲法自身が98条1項によって自称しているが、そもそもこのような規定がなくても憲法は頂点に立つ。 立法・行政・司法の分立する三権のあり方や権能は、憲法に定められ存在し、最終的には憲法にさかのぼって正当化される仕組みとなっている。すなわち、 @国会は、憲法がその存在を認め、その構成のされ方を定め、そこに立法権を付与したからこそ国会としての法律制定等の重要な国家作用を営むことができる。 A行政機関は、国会が法律でその構成や権限を定め、またその権限を具体的に行使するための要件を定めているからこそ、国民に対して権力的な処分を下したり、予算を執行できる。 このように、国の法体系は「憲法→法律→行政処分」といったタテの序列をなし、国家機関のすることはみな、最終的には憲法によって正当化される。 そして、 B裁判所は、扱った事件で問題となる法律その他の国家行為が、憲法に適合しているか否かの審査する司法審査権を憲法によって与えられている。この重要な権限によって、憲法の最高法規という地位が、実効的に確保される。 【澤田コメント】 棟居教授は、憲法を、(1)の基本法としての意味より、(2)の最高法規としての意味を重視しているようである。その意味では、「立憲主義」的発想を重視しているのかもしれない。 また、(2)の中では、「憲法→法律→行政処分」といった「タテの序列」を設定する。換言すれば「@国会→A行政機関」といった序列を想起させている。 その上で、「(憲法→)法律→行政処分」について、裁判所が憲法適合性を審査する重要な権限を憲法によって付与されているというのであるから、結局、三権の在り様ないし国家機関の「タテの序列」を以下のようにイメージするのであろうか。 「B裁判所→@国会→A行政機関」 この「タテの序列」の在り様はともかく、棟居教授はこのような表現でもって日本国憲法は、いわゆる「法の支配原理」を採用しているということをあらわしているのかもしれない。 とにかく、棟居教授の「憲法学再論」はおもしろい。疑問を抱きながら本稿を読み進めていくことにしよう。 澤田章仁 ************************************** |
| << 前記事(2007/03/09) | トップへ | 後記事(2007/03/20)>> |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2007/03/09) | トップへ | 後記事(2007/03/20)>> |