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今回のテーマ:見えない憲法第2条/完全雇用の要請(同著56頁) 【解読レジュメ】 (1)「見えない憲法」第2条の価値 「見えない憲法」の第2条には完全雇用を守れと記されていよう。これは、「見えない憲法」第1条の社会経済秩序の結びついている。 ↓ このようなケインズ的・ニューディール的大義名分は、霞ヶ関的な官僚支配を許してきた。 ↓ 官僚支配は、富国強兵ならず富国富民(富国神社?)という価値の実現を目差した。 (2)「見える憲法」との折衝 本来的には、上記の「見えない憲法」第2条は、現行の「見える憲法」の営業の自由(22条)、財産権保障(29条)とぶつかる。 ↓ しかしながら、学説・判例ともに、「積極規制」の名の下に、官僚の経済介入を合憲的介入として、「見えない憲法」第2条にお墨付きを与えてきた。 ↓ 学説・判例ともに、消費者や国民一般の安全を確保するために「消極規制」(社会的規制)とは別個の、経済政策的な規制=「積極規制」を許容してきたのである。 ↓ たとえば、「先進的経営を行なう大手大型スーパーが一人勝ちするところを、大店法のおかげで零細商店街もやっていくことができた。失業者も出さずにすんだ。」という論法が、官僚統制経済を正当化してきた。 ↓ 「分配」と「再分配」とを区別せず、一人勝ちが出ないようにして、官僚が、自由競争に最初からハンディをつけてきた。 ↓ この大義名分は「完全雇用の実現」に尽きる。 その結果、保護されてきた競争力のない側の人も、自分自身の能力に鑑み、最適な配分ではない、つまりベストの職種でないかもしれない職種に、安住してきた可能性がある。 【澤田コメント】 今回の解読によれば、棟居教授は、全体的には、経済的自由権に関する従来からの規制二分論(積極規制と消極規制)について、その限界を指摘しているように思える。 ↓ 棟居教授が指摘する従来の積極規制の名の下に合憲とされてきた官僚の経済介入は、ある意味では、人を失業させておいて事後的に生活保護だというよりも、仕事で食っていけるというプラスの面もあろう。 ↓ しかし、このような積極規制に対して難色を示す棟居教授の真意はどこにあるのだろうか?おそらく、以下の2点に重要な価値を見出されるのであろう。 <第1点> 見える憲法第25条の生存権保障(再配分)と、見える憲法第22条・29条の経済的自由権(配分)は明確に区別し、生存権保障は、本来、事後的な制度として構築されるべきであ。 * この点、棟居教授は、第25条の生存権については、独自の具体的権利説(法律の不備があっても生存を保障するための具体的給付は可能である)に立つ。 <第2点> 経済行為の基本原則である「自由競争」に対し、官僚の積極規制がかけられるおかげで、日本経済は、真の競争力を失っている。そして、零細企業等の潜在能力すら、それを発揮する機会を奪うことになっている。 本稿では、(私の読解力が不足しているせいかもしれないが)、必ずしも「分配」と「再分配」の概念が明確に読み取ることができないため、以上の分析は棟居教授の意図するところと異なるかもしれないが、このような分析<第1点><第2点>は、現在の政府がとる経済政策の方向性と合流しているのかもしれない・・・。 澤田章仁 |
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