路上から見た、小さな憲法。
大人の広島修学旅行シリーズ(3日目)
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作成日時 : 2007/06/02 00:47
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さて、今回の修学旅行最終日の三日目が来た。
広島市内のホテルから、呉の「大和ミュージアム」に出かけた。
心づもりとしては、大和の最後の姿を通して、戦争の悲惨さあるいは無意味さを訴える博物館にでも出かけるつもりであった。
しかし、そこで目にしたものは、旧海軍そして現在の海上自衛隊の勇姿を見せ付けるものであった。誇らしげに我が国の戦力が展示されていた。写真は復元されたゼロ戦とつい最近まで使用されていた潜水艦の実物である。
次に出かけたのは、江田島である。
大和ミュージアムのすぐ隣の港から船で15分程度でたどり着く。船の中から目に入って来たのは、現物の自衛艦である。何隻も並んで停泊しており、実際に見るのとテレビで見るのとでは迫力が違う。
江田島には、海上自衛隊第1術科学校(旧海軍兵学校)がある。この施設は申し込めば見学をすることができる。多少ウキウキした気持ちで学校内に入り、見学を申し出たら、案内係りの人が施設内を説明しながら案内をしてくれた。案内係りの人は、客商売でも十分通用しそうな、なかなか面白いおじさんだった。
案内されて先ず目に飛び込んでくるのは、戦前に建てられた大講堂。重厚感のある石造の建物だ。大講堂の中は、実に厳粛な雰囲気だった。天皇陛下や総理大臣が訪れる場所だそうだ。
さらに奥に歩を進めると、静かでいにしえのたたずまいの幹部候補生学校(旧生徒館)が出迎えてくれる。これも戦前に建てられたそうだが、総工費が気になった。しかし、建物は、芸術的で本当に素晴らしい。こんな建物で数年間を過せば、もしかしたら人格の変化がでてくるのかもしれない、と感じた。
そして、この幹部候補生学校の裏には、人間特攻魚雷「カイテン」がピカピカに磨かれて、今にも命が吹き込まれるような趣きで、平和な時代のひと時をくつろいでいるようであった。
その後、本来であれば資料館を案内してくれるそうだが、工事で閉鎖中のため、一部の資料が展示されている仮設展示室に案内されたのだが、ここは撮影禁止だそうで、その雰囲気をお伝えすることはできない。
しかし、展示されていた旧日本軍の若者の遺書は、どれもこれもが勇士を表明するものであり、死ぬのが恐いなどと書かれたものは見事に存在しない。
もし僕だったら・・・、と想像すると・・・。
ただ、今となっては当時の若者を讃えるほかあるまい。
服従と不服従の選択
の余地はなかったのであろうから・・・。
見学を終え、再び江田島から30分ほど船に揺られ、広島市内に帰ってきた。
初日に来た平和祈念公園に自然と足が向かっていた。
自分でもよく分からないのだが、何か自分の中の葛藤(?)をかき消そうとしていたに違いない・・・。
資料館で見たものは・・・。
下の写真は良くみるのだが、今日の印象は、いつもと違う・・・。
深層心理で揺れ動く自分を押さえきれず、小走りに、次から次へと展示資料を噛み付くように見ている・・・。
館内には人も多く、慌ただしさを感じながらも、ビデオで流される罹災遺族の体験談は、その時の自分には新鮮に心に響き渡っていた。
館内はストロボの使用禁止が掲示されいたが撮影自体が禁止されているわけではないようである。しかし、放射能で無残に破壊された人間の写真については、掲載を控えよう。
核兵器は、とてつもない威力で、人々が生き生きと暮らす街を一瞬にして破壊し、そして、人間の身体を内外から破壊する。分かりきったことかもしれないが、この事実に、我々は被爆国の住民として、常に覚醒していなければならないのである。
事実を見る。証拠を見る。先ずはこのことが大事だ。
今に生きる我々が事実を知ることができる「客観的」「現実的」な貴重な証拠がここにはふんだんにある。
歴史上の特定の人物像に何かを見出したり、マスコミが好き勝手に垂れ流すニュースより、あるいは知識人などと呼ばれる「人間の顔」の見えない人々の議論を聞くより、先ずはこの事実を見て、自らが何かを考えるべきであろう。
教科書は、その後に読めばいい。
そして、今日もまた多くの外国人が、この地を訪れていた・・・。
澤田章仁
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